「聴覚情報処理」とは、耳から得た情報を理解する能力のこと。聴力には問題ないが、日常生活のさまざまな場面で聞き取りにくさを感じる聴覚情報処理障害(APD)というものがある。
音は聞こえているけれど、言葉の内容が理解できない、話の流れが理解できないなどの症状。もっと具体的にいえば
- 今聞いたことをすぐに忘れる
- 聞き返しが多い
- 雑音の中だと話が理解しにくい
- 長い話だと理解ができない
- 高い声や早口、ささやき声が聞き取れない
などの特徴がある。
耳の問題ではなく、耳から取得した情報を脳内で処理する過程で問題が発生するとされる。そのため、発達障害や心理的な要因との関係も深い。
とくにワーキングメモリー(作動記憶)の弱さと関連が高いとされる。そのため、今聞いたことをすぐに忘れてしまったり、長い話になると話の内容が理解しにくくなるような「記憶」の症状とも関係が深いのだ。
この記事ではわたし自身がAPDで悩んだことと、対処している方法を具体的に記していく。
聴覚情報処理の問題とは、たとえば?
わたしが発達障害についてクリニックに相談しようと思ったのは、この聞く力の弱さ「聴覚情報処理障害」の症状がかなり大きな要因だった。
わたしのワーキングメモリーは72。聞き返し・聞き逃し・聞き間違いが多く、それによってトラブルになることも多かった。
長い話が理解できない
わたしは長い話の内容を理解できないことがある。
たとえば
「この前、歩いてるときに少し先に〇〇さんが歩いてて声をかけようかなって思ったんだけど、そこに✕✕さんが来て〇〇さんに何かプレゼントを渡してるの見たの!それで〇〇さんの誕生日が△月△日だって聞いてたのにわたしすっかり忘れてて…」
このくらいになると、すごく理解が難しい。
話の内容が途中から理解できなくなってしまうので「音は聞こえているけど理解ができない」という状態に陥る。
その他にも、マッサージ店に行ったとき。
「まず衣服を脱いでいただいてこちらの施術着に着替えてください。そしたら従業員にお声がけいただいてうつぶせで横になってお待ちください」
こういう説明もけっこう厳しい。
手を止めて、視線を下に落として意識を全集中させればなんとか理解できることもある。理解しているフリをすることもある。
聞き間違いや聞き逃し
聞き間違いや聞き逃しも多く、それは対人関係のケンカやトラブルにもなる。重要な情報を聞き逃すので「言った・言わない」で揉めることが頻繁にあった。
たとえば息子が「火曜日までに〇〇用意しておいて」の「火曜日」を「土曜日」など他の曜日と聞き間違えて準備が間に合わない、ということがよくあった。
息子が「プロテイン飲もうかな」と言ったのを「コーヒー飲もうかな」と言ったように聞き間違えて「こんな時間にやめなさい」と言って息子は意味がわからず怒ったりするなんてことも。
どうやったらそう聞こえるのだ、という聞き間違えが多いのも、聴覚ではなく脳が関係しているだろう。
「2時に出発する」を「5時に出発する」と聞き間違えて、夫が出かけようとするとわたしがASD由来の想定外パニックを起こしてキレるというケースもけっこうあった。
挙げだすとキリがないが、聞く力が弱いと日常生活で人とトラブルになることが多いのだ。
聞き返しが多い
人との他愛もない会話であれば、多少理解できていなくても何とかなる。わかったふりをして、やり過ごせることもある。
しかし仕事の打ち合わせや、業者さんとの連絡、病院などでは理解できないとまずい。
「もう一度お願いします」「もう一回良いですか?」何度も聞き返す。
簡単な話を理解できないと、相手は「わかりにくい説明でしたかね?」「ごめんなさい、説明の仕方が悪かったですかね?」と言われてしまうので
「いえいえ、わたしの理解が遅くて」と弁解するのだ。日常的に、謝ることが多いために自信を喪失しやすかった。
処理速度の遅さも関係しているのだろうか。話のテンポを無視して、少し考える間をもらえば理解できることもある。
しかし、人との会話はテンポも重要なので、考える「間」をとることが難しいことも多い。
子どもの頃の様子
聴覚情報処理障害は、発達障害のような先天的なものもあればストレスなどの心理的要因で起こることもあるようだ。しかし。わたしの場合は子どものころから聞く力が弱かった。
最近、幼いころに従弟の家に遊びに行ったときのホームビデオを叔父に見せてもらった。
ビデオの中でわたしたちは「伝言ゲーム」をしていた。お題の言葉を耳打ちして、最後の人まで正しく伝えられるか、というゲーム。
そこには、わたしが「今」聞いた言葉をすぐに忘れてしまって「何だっけ?」とぽかんとする様子が映っていた。
小学校では、学校の授業の成績がよくなく、母から「学校の勉強なんて、授業をしっかり聞いていればできるはずだ。授業を聞いていないんでしょう」と叱られたことが何度もあった。
当時は「そうなのかもしれない」と思った。でも今こうして振り返ると、聞く力が弱かったことがかなり大きく影響しているように思えてならない。
聴覚情報処理障害のデメリットは「人との距離感」
APDによる聞き取りにくさは、無意識のうちに自分なりの対処をしてきた部分が大きい。
たとえば、人の話を聞くときは手を止めて、真剣に聞く。相手に近づいて話すなど。
これはメリットにもなるが、場合によってはデメリットになる部分も大きいように思う。
たとえば「人の話を聞くときは、手を止めて真剣に聞く」ということ。こうして話を聞くのは、自分が相手の声に全意識を集中しないと理解しにくいからであって、相手に寄り添いたいとか、相手の話を聞くのを心から望んでいるというほどではない。
でも、相手からすると「すごく真剣に聞いてくれる」という風に、受け取られる(受け取ってくれる、でもある)ことがある。
そうすると「話しやすい人」「人の話を聞くのが上手で得意なんだ」と勘違いされることもある。次第に相談を受けやすくなったり、話の聞き役として頼られたりすることが増えるのだ。
わたしは小さなころから母の相談役、愚痴聞き役をやっていた。それはもしかするとわたしが母の話を理解しようと物理的に近づいたり、手を止めて真剣に聞いたりする姿勢が「話の分かる子」として認識されていたせいなのではないかと思う。
そして、相手の話を聞き取りやすくするために人と近い距離に立ったり座ったりすることもある。これも「距離感がおかしい」と捉えられたり、異性に「自分に好意を抱いている」などと勘違いされる要因になりかねないと思った。
この辺のことは、今の自分には解決策が思いついていない。
聴覚情報処理障害(APD)とどう付き合っているか
しかし、APDを自覚してからは、聞き取り関連するトラブルも減り、その場その場でどう対処すればよいか簡単にわかるようになった。
理解したフリをしない
自分にAPDがあるとわかってから、理解しているフリをすることがなくなった。(ときどきはしていると思う)
「ごめんね、もう一回説明してくれる?」「すみません、もう一度お願いします」と言えることが増えた。
「わからないのはおかしい」という思いがなくなったので、素直に聞き返したり、確認を重ねられるようになったのだ。
相手には手間をとらせてしまうが、理解したフリをするよりもはるかによいと思う。
どんな小さなことも紙に書く
最近は、何でも紙に書くようにしている。
家族には「大事なことはメモを渡してほしい」「メールで送っておいてほしい」とお願いするようになった。(家族にはこれがAPDというものであることは言っていない)
人の相談を聞くときも、紙に書き出しながら話を聞く。(この様子は、まるでカウンセラーのように見えるけれど、相手のためにしているのではなく、自分の理解のためにしている。
これをやると、聞く力に問題のない相手も、より理解しやすくなるようなので有効だ。
自分の聞く力を過信しない
そして何より、自分の聞く力を過信しなくなった。
聞き間違いや聞き逃しがそもそも多いことを自覚して、間違いを指摘されたりしても「聞いていない!」「聞いてた話と違う!」などと怒ることがなくなった。
換気扇の音や洗濯機の音があるだけで、聞き取る力は弱まるのだと改めて知る。すると聞き取れなかったら雑音の元を消したり、ドアを閉めたりとすぐに対処ができる。
その人の近くまで行って、側で話を聞くのもやっぱり一つの策になっている。
ただしこのコロナ禍、外出先では雑音+マスク・アクリルボード越しなので、本当に聞き取りにくく疲れてしまうのだけど…。それは誰しも同じかな。
それでもこんな感じで一つひとつ対処できるようになった。とくに疲れていると脳機能がさらに低下して聞き取りが難しくなる。なので、何より疲れやストレスを溜めないことが大きな対処法になるような気もしている。
ただ、家族には甘えが出てしまうので、聞き返し方がぶっきらぼうで嫌な感じになっている気がする。反省である。
聞く力の弱さを受け入れるだけでも楽になった
耳からの情報を処理するのが苦手なのだ、というその事実を知っただけでもだいぶ楽になった。今まで、人の話が理解できない理由も、すぐに忘れてしまう理由も、頭が真っ白になる理由もなにもわかっていなかったからだ。
脳がバグっている感じがして、イライラしたりひどく焦ったりしていた。
それがなくなって、次の一手を考えられるようになっただけでも、十分進歩だと思っている。