日記

「いい誕生日だった」というストーリーテリング

昨日は誕生日だった。なんでも、今年最後の最強開運日だとか。

4日前から、「誕生日の日はすごい開運日らしいよ、宝くじ買いなよ!」と知人からメールが来たりした。

すごーく親しいわけでもないが、知り合いという程度でもない友人。開運情報が好きなのか、なぜか今年はわたしの誕生日に関するメッセージをくれた。

いつも困ったときに、話を聞いて助言をくれる友人からは、魔除けのプレゼントが届いた。

誰かに気に留めてもらっている感じが、こそばゆい気もした。

夏休みに入っても、習い事やら仕事やらでなかなかレジャーの予定を入れられないでいた。でも、4日は余裕がありそうだったので、息子たちとプールに行く予定を入れていた。

4日の開運日のラッキーアクションは「水に関する場所へ行くこと」だそう。

意図的にそうしたわけではないが、結果的に運がよくなる方に動いていた。

こういうセレンディピティのようなことは、ときどきあってすごく好きだ。

夜、晩酌の支度をしていたら義母から戸籍謄本が届いているはずであることに気づく。

ポストを見に行って中身を確認すると、なんと義母から「自分のために使ってね」と、お小遣いが同封されている。こんなこと、今までなかったのに。

さらに晩酌が終わるころ、メンターとして慕っていた方からお誕生日のお祝いメールが届く。

本当に、たくさんの恩恵や温かさをもらって生きていると思う。

なにもしていないのに、勝手にやってくる。

でも、こうして書いてみるまでは「とくに何もない誕生日」って思っていた。

さっき、メンターさんへのお祝いメールへの返信を書いていたら「こんないいことがあった」「開運日のおかげでいい誕生日だった」っていう方向に、話を持っていこうとする自分がいたんだよね。

その人には、いい報告をしたいから。

だから、そのテーマに合わせるように身辺のことをつなげると、こんな感じのめちゃくちゃいい誕生日になる。

ストーリーは、いかようにも、作れる。

自分が「こうあってほしい」と思う方向に、語ることができるっていうことなんだよね。

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